2040 年 10億台のヒューマノイド、100兆個のAIエージェント?
ワクワクする未来の予想ですね。
2026年7月14日、ソフトバンク最大規模の法人向けイベント「SoftBank World 2026」が開かれ、孫正義氏が特別講演を行いました。冒頭で孫氏は、経営トップに一番必要なのは「ビジョン」と「戦略」であり、それは曖昧な形容詞ではなく「期限」と「数字」で語るべきだと宣言しています。
数字で語られたなら、数字で読むのが礼儀だと思います。この記事では、前半で講演の要点を整理し、後半ではその数字を、電力、パッチ、人員といったインフラの現場で使う単位に直して検算してみます。
前半:講演の要点
期限は2040年、勝負は最初の20年
インターネット革命も最初の20年でほぼ勝負が決まった。AI革命はすでに数年が経っている。だから15年後の2040年から逆算して、今と来年と5年後を決めよ、というのが講演全体の骨格です。
ASI Economy:世界GDPの20%
- 世界GDP約3.7京円のうち約20%、7,000兆円をAIが生む。利益率50%近くなら年約3,500兆円の利益になる。
- その担い手となる企業群は、世界の株式時価総額の約8割を占めるという見立て。
- インターネットが置き換えたのは世界GDPの1%にすぎない広告領域だった。それでもGAFAMが生まれたのだから、20%のインパクトは桁違いだという論法です。
「AIはバブルか」という問いについては、使っていない人ほどそう言うとして、はっきり退けています。
100兆個のエージェントと10億台のヒューマノイド
- 100兆個のAIエージェントが24時間動き、エージェント同士でやりとりする世界へ。自己増殖と自己進化が備われば、数千兆個に増えていくとも語りました。
- ヒューマノイドは10億台。24時間稼働で人間30億人分、さらに速く正確なので1体で10人分近く、合計100億人分の労働に相当するという計算です。
3TW・クエタ・年5兆ドル
- 2040年のAIデータセンターの消費電力は3TW。
- 演算能力はGB300の約20PFLOPSを起点に、エクサ、ゼタ、ヨタ、ロナを経て**クエタ(10の30乗)**へ。
- 投資は年5兆ドル(約800兆円)。3,500兆円の利益があれば賄える。電力確保や許認可に時間がかかるからこそ、15年先を見据えよ、としています。
Super Humanへ
車や飛行機は手足の延長でしたが、ASIは初めての「頭脳の延長」です。自分の分身となるエージェントを持ち、人は本当にやりたいことに時間を使え、というメッセージでした。医療では、健康寿命をさらに10年延ばす可能性にも触れています。
1万500件の脆弱性と、1,000人の防衛部隊
- ソフトバンク自社の数十億行のコードにAIで攻撃テストをかけたところ、1万500件の脆弱性が見つかった。
- 6月発表の「PaaS(Patching as a Service)」で63社を診断したところ、脆弱性ゼロの会社は1社もなかった。
- 1,000名規模の専門部隊で、まず重要インフラを担う企業3,000社を守る体制に入る。
新指標「ROA=Return on AI」
AIへの投資でどれだけ生産性と収益価値が上がったかを、3年ほどのスパンで測れという提案です。締めくくりは、AIに仕事を奪われるのではなく、AIを味方につけた企業や人が、拒んだ側の仕事を奪っていく、というメッセージでした。
後半:数字をインフラの単位に直す
ここからは私の見解です。
換算①:3TWは「いまの世界の発電量ほぼ丸ごと」
3TWを1年間動かし続けると、次のようになります。
- 3TW × 8,760時間 ≒ 約2万6,000TWh
- 世界の年間発電量は、現状で約3万TWh前後
つまり、いま地球上で発電している電力のほぼ全量を、AIデータセンターだけで使う計算です。日本の年間電力量(約1,000TWh)と比べると、約26倍になります。
孫氏自身も「許認可に時間がかかる」と認めています。ただ、現場の感覚で言えば、ボトルネックは発電所の手前に何重にもあります。送電網、変電設備、冷却水、用地、そして地域の合意です。データセンター1棟の受電と排熱で苦労した経験がある人なら、この数字の重さは身体でわかると思います。
換算②:100兆エージェント=1人あたり約1万個
2040年の世界人口を約90億人とすると、100兆 ÷ 90億 ≒ 1人あたり約1万個です。
この数字はそれほど荒唐無稽ではないと思っています。1つの業務に数個のエージェントが張り付き、それが裏で下請けのエージェントを呼び、さらにシステム側にも常駐エージェントがいる。そう考えると、1人1万個は現在のAPI呼び出しやマイクロサービスの延長線上に見えます。
インフラ屋として気になるのは、むしろその1万個の認証と権限を誰が管理するのかです。人間のIDだけでも棚卸しに苦労しているのに、非人間IDが桁違いに増える。ここは2040年を待たず、数年以内に現場の課題になるはずです。
換算③:「1体10人分」のうち、7割は仮定
ヒューマノイドの計算は、孫氏自身が内訳を示しています。
- 24時間稼働 → 3人分(8時間労働との比較) ← 物理的に納得できる
- 速く正確 → さらに約3倍強で10人分 ← 根拠の説明はない
100億人分のうち、稼働時間で説明できるのは30億人分だけです。残りの約70億人分は「効率3倍強」という仮定から出てきた数字です。
7,000兆円という市場規模も、こうした係数の積み上げでできているはずです。電力や半導体といった供給側の制約だけでなく、需要側の係数の楽観度も割り引いて読む必要があります。
換算④:1万500件を「パッチ運用のスループット」で見る
私が講演でいちばん現実味を感じたのは、ここです。
数十億行のコードに1万500件ということは、数十万行に1件程度です。密度で見れば、決して「穴だらけ」ではありません。むしろ真面目に作られたシステムです。
問題は絶対数です。仮に1日20件のペースで検証・修正・リリースを回せたとしても、
- 10,500件 ÷ 20件 ≒ 525営業日 ≒ 約2年強
かかります。しかもその間にも、AIは新しい穴を見つけ続けます。
見つける側はAIで桁が上がったのに、直す側は変更管理、検証環境、停止調整という人間の速度のままです。この非対称こそが本当の脅威だと思います。サービス名が「診断」ではなく「Patching as a Service」なのは、そこを分かっているからでしょう。
換算⑤:1,000人で3,000社=1人3社
1,000人の部隊で3,000社ということは、1人あたり3社を担当する計算です。
重要インフラ企業のセキュリティ運用を人手で1人3社回すのは、普通に考えて無理です。つまりこの体制は、AIによる自動化を前提にして初めて成立する設計です。
裏を返せば、孫氏の言う「AI攻撃にはAIで守るしかない」は、スローガンではなく人員計算上の必然だということです。ここは数字が方向性を裏付けている、珍しい箇所だと思います。
AI(Claude Code)の考察:数字は割り引く、方向は割り引かない
5つの換算をまとめると、はっきり分かれます。
- 割り引くべき数字:3TW、100億人分、年5兆ドル。物理とファイナンスの制約を考えると、2040年ではなく**2050〜60年ごろの姿を前倒しで描いた「旗」**と読むのが妥当です。
- 割り引いてはいけない数字:1万500件、1人3社、1人1万エージェント。これらはすでに始まっていて、数年以内に現場の運用を壊しにくる数字です。
孫氏は昔から、少し先の未来を極端に描いて資本と人を動かしてきた人です。遠い数字に反応して「そんなの無理だ」と切り捨てると、足元の数字まで一緒に見落とします。それがいちばん危ないと感じました。
「Return on AI」は、公共・医療でこそ難しい
もうひとつ、現場目線で引っかかったのがROAです。
3年スパンでAIの投資対効果を測れ、という考え方自体は正しいと思います。ただ、自治体や医療機関は単年度予算で動き、基幹システムは5年程度の更改サイクルで回っています。「3年でリターンが出るから今年とことん投資する」という意思決定は、制度上そのままでは通りません。
だからこそ、ここにインフラ側の仕事が生まれます。
- AI導入の効果を、既存の予算・調達・監査の枠組みに乗る形で説明すること
- 止まったら住民や患者に直結するシステムで、AIに任せる範囲と任せない範囲を設計すること
これはAIには書けない仕様書です。
キャリアの時間軸は、5〜10年後ろにずらす
2040年の予測を、自分のキャリアの時間軸にそのまま重ねる必要はありません。私は次のくらいで見ています。
- 〜2030年頃:Config生成、パラメータシート作成、初期切り分けは、ほぼAIに移る。主戦場はパッチ運用の自動化とID管理(非人間ID含む)。
- 2030年代:エッジ、ロボット、プライベート5Gなど「止めてはいけない物理インフラ」のガバナンス。
- 2040年代:「何を作り、どのリスクを絶対に取らないか」を決める人の価値が最大になる。
「現場を知るベテランが最後の砦になる」とよく言われますが、私は半分だけ同意です。砦になれるのは、現場を知っていて、かつAIを毎日自分の手で使っている人だけだと思います。講演で孫氏が、朝起きてから寝るまでAIに触れていると語っていたのは、まさにその話です。
まとめ
- 3TW、100億人分、5兆ドルは**「旗」**。真に受けず、方向だけ受け取る。
- 1万500件、1人3社、1人1万エージェントは**「足元の数字」**。これは割り引かない。
- 見つける速度と直す速度の非対称をどう埋めるか。これから数年の本丸になる。
AIに仕事を奪われるかどうかより先に、AIが見つけた1万件の穴を、誰がどうやって塞ぐのか。講演を観て、いちばん考えさせられたのはそこでした。
※講演内容はソフトバンク公式の講演レポートおよび報道をもとに整理しています。電力量・パッチ件数などの換算は筆者による概算です。
参照元